怪奇シリーズ(第1話)「夜泣き人」

4年ほど前、私が、胃潰瘍で入院していた時である。
夜9時になると全ての病室は消灯させられるのであるが、どうも病院という ところは夜になってもなかなか眠れないものである。

私の病室は6人部屋で、他の患者さんは肺ガンなどの重症患者ばかりで あった。年齢的にも殆どが私よりも20歳以上も年上で、中には病院内を 徘徊してまわる患者もおり、まるで老人病院のようであった。
また、会話をしても昔話的な内容になってしまうのである。しかし完全な昔 話なら良いのだが、現在の事と昔の事が、ごちゃ混ぜになるため何がなん だかわけが分からなくなるのである。

これもまた良い経験だと思いながら、寝ようとしていたある夜「うぇーん、うぇ ーん」とどこからか赤ちゃんのような泣き声が聞こえてきた。いつまで経っ ても泣きやまないため、赤ちゃんの親や看護婦さんは一体何をしているの だろうと思いつつ泣き声のする方に行ってみた。


北側の端の病室に近づくと赤ちゃんの泣き声が段々と大きくなってくる。そ して、泣き声がする病室の前についたとき、急に静かになった。病室のドア は開けっ放しで、カーテンで目隠しをしているだけだったので僅かな隙間か ら中を覗いてみた。しかし赤ちゃんらしきものは見あたらなかった。ただベ ッドに老婆が一人、寝ているのが見えた。

私は、赤ちゃんの泣き声は気のせいだったのかと思いながら自分の病室 に戻ろうとしたとき、また「うぇーん、うぇーん」という泣き声が聞こえた。
私はビックリし逃げ出したかったが、もう一度その病室の中を見渡すと、な んと老婆が赤ちゃんの声で泣いているのであった。私は気味悪くなって、そ の場から逃げ出した。
私と同じ病室の患者さんにこの事を話したら、その老婆のことを詳しく話し てくれた。その話によると老婆は3年ほど前に脳の血管が切れて入院し て、一命は取り留めたが3歳児程度の能力に低下してしまったという。

その後、老婆の夫が看病していたが、その疲れが響いたためか夫も倒 れ、そのまま亡くなったそうである。夫が元気だった頃には老婆も機嫌が 良く、周りの患者さん達に童謡を歌って喜ばせていたそうである。

しかし、夫が亡くなったことを知ってか知らずか、毎夜、老婆は夫を呼ぶよ うに「うぇーん、うぇーん」と泣いているという。

おわり



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